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小泉八雲の写真

2026-04-02||鳥原 学

森田禮造と八雲

昨年10月から放送が始まった、NHKの朝の連続テレビ小説”「ばけばけ」の評判がなかなか良いとのこと。ご存じの向きも多いと思うが、明治初期に来日し、民話を収集して『怪談』などを著したラフカディオ・ハーン、小泉八雲と妻のセツをモデルにしたストーリーだ。まだ誰も外国人を見たこともなく攘夷の風さえ残っていた松江の地で、2人は怪談という共通の関心事を通じて理解を深め、そして結ばれる。近代への移行にともなう価値の混乱のなかで戸惑う、明治人の感情を細やかにまたユーモラスに描いている。

と書いてみたものの、朝はあまり時間がないこともあって、実を言えば私は熱心な視聴者とは言えない。ただ、そのオープニングの映像、松江の街を歩く二人を撮影した写真のスライドショーだけはいつも見るほど、気に入っている。その心が明るくなるような可愛さと瑞々しい表情の描写に、川島小鳥のポートレイトはやはり鮮やかだ。視聴者と同じ恋愛についての感情を描き出して役に血肉を与え、ドラマへの期待を高めている。

じっさいの小泉八雲がこんな人だったら、とも思ってしまう。八雲のポートレイトは何点か残っているが、どの写真を見てもその顔立ちの全容は見えない。多くが左向きの真横のもので、俯いて目を閉じていたり、あるいは左目を手で覆っていたりするものもある。15歳のとき事故でその目を失明し、その後が残った傷跡を隠そうとしたようだ。彼の仕草は心の傷の深さをはっきり示しており、人から見られることへの嫌悪も窺えるように思える。そのような写真のなかに、八雲が紋付の羽織袴で撮った一枚がある。コンプレックスを凌駕するほどに、日本への興味と親しみが増していたのだろう。八雲の松江滞在は短く、1890(明治23)年8月から翌年10月までのおよそ1年2か月に過ぎない。その間に妻セツを娶り、日本の怪談に魅せられ、初めて和服姿でカメラの前に立ったのだ。その横顔から表情は読み取り難いが、ある種の羞恥と喜びが隠されているように感じる。

これを撮ったのは、森田禮造という写真師である。若い頃の森田は、松江藩で薬事に携わる人参方(にんじんかた)という役職に就いていた。16歳の時に長崎行きを命ぜられ上野彦馬の門を叩き、やがて2年の修業を終えると松江に戻り、1865(慶応元)年に山陰地方で初の写真館となる「森田写真館」を開業している。それは偶然にも八雲の失明と同じ年のことだった。

また撮影以外にも二人の関わり合いを示すエピソードがある。ある日の散歩中に、出雲の稲荷総社である城山稲荷神社に鎮座する狐の石像に魅せられた八雲が、すぐさまその撮影を森田に頼んだという記事が、当時の「山陰新聞」に掲載されている。日本の不思議を面白がる西洋人を、森田はどう見ていたのだろう。

それは、おそらく好意的な態度だったのではないか。森田もまた不思議なことと縁のあった人だからだ。というのは松江には「今弘法」と呼ばれた、人の病気を言い当てたり憑物(つきもの)をおとしたりする60代の霊能者がいて、その人物が森田とたいへん親しい付き合いをしていたというのである。その体験談は、1927(昭和2)年に出版された、心霊科学研究会という団体が発行していた雑誌『心霊と人生』7月号にある。

この神さびた街に相応しい写真師との出合いもまた、八雲の幸福であったのだと思えるのだ。そしてあの横顔の写真を見つめながら、そんな想像ができるということは、その130年後を生きている私たちの楽しみであり幸福である。

ただ、写真をめぐるそんな想像のあり方も、先端の映像技術の力で大きく変わり始めている。

 

 

  • ディープフェイクの想像力

生成AIによる映像技術は、すさまじい勢いで進化を続けている。膨大なデータを学習することで精緻なイメージを再構成する生成AIは、統計的パターンから確率論的な正解を演算して、もっともらしい動画を生み出す。例えば、古写真を自動的にカラー化する技術が実現されたのは僅か数年前のことで、過去と現在とを隔てる距離が一気に縮まったような気がした。古写真の解釈の仕方が変わると思えた。

さらに現在ではカラー化どころか、一枚の写真をシミュレーションし、高解像度の動画を生成することが可能となっている。しかも生成精度の急速に向上によって、“不気味の谷”と呼ばれる不自然さは解消されつつあり、よりフォトリアルな描写へと近づいている。

こうしたディープフェイクと呼ばれるAI動画は、いまや動画サイトやSNSに溢れているが、なかには古写真から作られているものも多い。モノクロで不鮮明な写真が急に生気を帯びて動き出したり、現代人の風貌に変容したりする様子は確かに面白い。歴史上の人物がどこかで見かけた人、あるいはいかにもいそうな人になるのだから。

小泉八雲とセツの写真から作られた動画も公開されていた。それは確かに新鮮であり、二人の睦まじさは幸福感を与えてくれるが、同時に大きな違和感も覚えずにはいられなかった。八雲は左目をはっきり見せ、しかも健常者のそれであったからだ。当然、動きもまたコンプレックスを持つ人の立ち居振る舞いではない。制作者にはそれなりの意図があったのかもしれないが、元の写真にあったほどの魅力は失われているように思えた。

写真の魅力のひとつに、様々な解釈が可能だという点がある。その明瞭な描写性にも関わらず推測できる余白が大きく、曖昧で自由な想像が可能なのだが、それは対象を切り取るフレームの外側への想像力に由来するものだと思う。なぜなら私たちは、被写体は短時間フレームに入れられ、シャッターが切られた後はすぐその外に出されることを知っているからだ。フレーム内でどのようなキャラクターを演じたとしても、撮影後は日常に戻らなければならない。森田のスタジオで撮られたあの八雲は、撮影後も紋付のままだったのだろうか、それとも洋服に着替えて帰宅したのだろうか。セツは彼を迎えに来たのだろうか。そんな想像も楽しいのである。

こうした読み取りや解釈には、無数のバリエーションがある。見る人の資質や文化的バックグラウンドによって違いが生じ、また経験によっても変化する。子どものときに見た家族写真を壮年期に入って見直すとき、別の思いを抱くだろう。解釈の多様性や変容を通じて人は自らの現在地を知るためにも、人は何度も同じ写真を見つめ直すのである。

 

  • 写真の無限性

このことはドイツの社会学者で映画研究者であるジークフリート・クラカウアーが指摘している。その主著『映画論』のなかで写真と映画を比較し、写真は「無限」を映画には「有限」を表現する性質を持つと述べているのである。写真はフレームの外部に広がる空間を自由に想像させるが、その写真の連続から動きを再現すると「物理的存在の連続性を確立」させる。つまり見る人の想像の余地を限定させ、代わりにより具体的な確かさを与えるのだ。生成AIによる動画もまた、映画の特性の延長線上に生まれた技術であり、その可能性をさらに拡張した。その結果、私たちの歴史観は大きく変わりつつある。古写真に覚えていた隔絶感は解消され、代わって親近感が際限なく高められていく。

その親近感は、川島小鳥の写真に覚える親密さとは異なる質のものだ。私たち視聴者は、オープニングで使われた写真があくまで演技・演出の一部であることを前提として評価する。それに対し、実際の八雲の古写真から作られたAI動画にはフィクション性が認識されづらい。

そもそもAI動画は、膨大なデータベースから確率論的に生成される。だがそのデータには必然的に偏りが含まれ、それが動画の細部に投影される。ところが映像が完璧なフォトリアルさを獲得するほど、その完成度のために違和感は気づかれにくくなる。

現在のAIジェネレーターの大半は、アメリカの巨大なテック企業によって開発され、彼らが集めた映像素材を自動学習している。日本の古写真についてのシミュレーションにも、彼らの平均的な価値観が投影されていることになろう。だとすればAI動画の広がりは、映像表現の可能性とともに、歴史観にも影響を与えるだろう。

だとすれば古写真を、今ある状態のままで見ることの意味はいっそう深くなる。無限を孕んだ一枚の写真に目を凝らし、往時を想像して由来を調べたりしながら、何度もそこに立ち戻るという経験。それはこれからの時代に欠かせない、映像環境を生き抜くためのリテラシー能力を養うだろう。135年前に撮られた小泉八雲の横顔に、私たちは次の100年にも耐え抜くだろう写真の可能性が見いだしている。