昨日、卒業制作展の審査会があった。ノミネートされたの9名が、外部の審査員の前で、それぞれの作品についてのプレゼンを行う。その結果については触れないが、印象に残ったのは、2つの涙だった。
ひとつは懸命に頑張って、ある程度の自信もあったけど、ノミネートされなかった悔し涙。私はその努力を側で見て来たし、親しい友人たちがみな受賞したのだから悔しさはひとしおだったのだ。もうひとつは、切実な問題を苦しみながら写真にして、それが報われた涙。変えられない環境を写すことで生じる愛憎、責務と罪悪感、そんな葛藤がずいぶんあったことも聞いていた。それを誰かにきちんと見てもらえたという安ど感もあったのだろう。
もちろん卒業制作というのは学内の評価でしかないから、未来の何かを約束はしない。写真家としてデビューしたことにもならない。ただ、自分の信じたものについて、どれだけ賭けることが出来るかどうかを試す場ではある。その努力を信じられるかどうかは、これから先の歩き方を左右するだろう。私の知る限り、こうした涙を流した人は、つまずいても前を向いて進んでいる。
今回の二人もまた、結果はともかく、全力で賭けてみたのだ。その若い熱意とともに過ごせた時間を持てたことに、今年も感謝したい