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サンプルだけでも面白い『映画の理論』ジークフリート・クラカウアー著

2026-06-16||鳥原 学

「写真には無限を想起させる傾向がある。このことは、写真において重点が置かれているのが、全体ではなく断片を表わす偶然の複合体であることの帰結である。写真作品は、肖像写真であろうと、何かの動きを撮影したものであろうと、完全性という考えを排除した場合にのみ、写真としての性格に合致する。

フレームが示しているのは、暫定的な限界にすぎない。写真の内容は、そのようなフレームの外側にある他のさまざまな内容を参照しているのであり、写真の構造は、包摂しえないもの──物理的存在──を指し示している。一九世紀の著述家たちは、このような物理的存在を自然ないし生と呼んでいた。さらに彼らが確信していたのは、写真はわれわれに、自然や生が無限だという印象を与えなければならないということだった。

木の葉は、カメラのお気に入りのモティーフのひとつに数えられる。木の葉を「演出する」ことはできないが、その量は無限にある。この点で、写真的アプローチと科学的調査とのあいだには、類似性がある。それらはともに、全貌を捉えることが永遠に不可能であるような、汲み尽くすことのできない宇宙を探っているのである。」

ジークフリート・クラカウアーの『映画の理論』の訳本より。

この本、2年ほど前に東京大学出版会から出てまして。近所の図書館で借りたら面白かったので、買おうと思ったのですが、一万円近くするので二の足を踏んでおります。

何が面白いかというと、映画の本なんだけど、映画を写真の連続として捉えて、その性質の違いを論じているところ。その肝心な部分がこの引用箇所だんだけども、一方で映画は視点の移動などによって「物理的現実を救済する」あるいは「確立する」としている。このことは写真を生成AIで動かした動画などを見ると実感するのではないか。その写真論部分が、この本の第一章部分は丸々写真論に当てられているのです。

 

 

 

とりあえず、紙の本より電子書籍の方が若干安いので、サンプルだけダウンロードしてみたんです。電子だと読みにくいことも多いので、とりあえずテストのつもりで。

ページを開けると、なんとその第一章がまるまる公開されていてビックリ。セコイけれどもお金のない研究者にはやはりお得なので、関心を持たれた方におすすめします!