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NYT 1945年8月9日の記事「原爆の長崎投下、同行隊員が語る」

ニューヨークタイムズ紙のアーカイブから、1945年8月9日の記事「原爆の長崎投下、同行隊員が語る」。記者は同紙の科学記者だったウィリアム・L・ローレンスで、マンハッタン計画側から報酬を受けていた人物だった。

ローレンスは8月6日の広島には搭乗できず、エノラ・ゲイの副操縦士ロバート・A・ルイスに手記を依頼、原爆投下後にルイスが書いた「神よ、われわれはいったい何をしてしまったのだ」という言葉は、その後よく知られることになる。

ローレンス自身は3日後に行われた長崎への飛行に同乗し、以下の記事を書いた。彼は翌年、「長崎への原爆投下を目撃した報道と、その後に発表した原子爆弾の開発・製造・意義に関する一連の10本の記事」によってピュリッツァー賞を受賞している。


ニューヨークタイムズ(1945年8月9日付)記事抜粋

「眼下に広がる広大な白い雲の山の向こう、目の前で巨大な白い煙の環を吐き出している雲の向こうには、私たちの敵国である日本が存在している。ここから約4時間後、敵の都市の一つ——私達に対して使用される兵器を製造している都市が、人間が作り出した史上最大の兵器によって地図上から消し去られることになる。いかなる時計でも計測できない、100万分の一秒の10分の一というわずかな時間の中で、上空からの突風が何千もの建造物と何万人もの住民を粉砕するのだ。

前方を進む気象観測機は、風がどちらへ吹いているかを見極めるべく移動している。目標到達の30分前に、私たちは風がどのような決断を下したかを知ることになる。

まもなく死にゆく哀れな悪魔たち(犠牲者たち)に対して、人は憐れみや同情を感じるだろうか? 真珠湾攻撃やバターン死の行進のことを思えば、それ(憐れみ)を感じることはない」


「12時01分、ついに私たちの任務の目的地へと到着した。

私たちはラジオで事前に取り決められた合図を聞き、溶接用メガネを着用して、前方約0.5マイルを飛ぶ攻撃機の操縦を緊張しながら見守った。「投下されたぞ!」と誰かが叫んだ。「ザ・グレート・アーティスト号」の機体下部から、黒い物体のように見えるものが下方に落ちていった。

ボック機長は爆風の範囲から離脱するために急旋回した。私たちが反対方向へと離脱していたにもかかわらず、また機内には昼間の光が差し込んでいたにもかかわらず、溶接用メガネの暗いレンズを突き破る巨大な閃光が走り、機内全体が強烈な光で満たされた。

最初の閃光の後、メガネを外したが、光はなおも残り、青緑色の光が周囲の空全体を照らし出していた。巨大な衝撃波が私たちの機体を襲い、機首から機尾までを大きく揺らした。続いて急速に4回の爆風が押し寄せ、それぞれの爆風は大砲の砲撃のようにあらゆる方向から機体に響き渡った。

機尾にいた観測員たちは、あたかも地球の深部から沸き立ったかのような巨大な火の玉が上がり、巨大な白い煙の輪を吐き出すのを目撃した。次に、高さ1万フィートに及ぶ紫色の巨大な火の柱が、凄まじいスピードで天に向かって吹き上がった。

私たちの機が原子爆発の方向へ再び旋回したときには、紫色の火の柱はすでに私たちの飛行高度に達していた。わずか45秒ほどしか経過していなかった。私たちは息をのんで、宇宙からではなく地球から出現した流星のように突き進み、白い雲を突き抜けて空へと上るその姿を見つめた。それはもはや煙や塵、あるいは火の雲ですらなかった。私たちの目の前で誕生した、生きている新たな生命体のようであった。

数秒の間に数百万年分に相当するような変化を遂げる中で、その物体は基底部分が幅約3マイル、頂点に向かって約1マイルに狭まる巨大な四角いトーテムポールのような形状をとった。底部は茶色、中央部は琥珀色、頂部は白色であった。しかしそれは、地球に向かって不気味な仮面を歪ませている、生きているトーテムポールであった。

アンド、その物体が安定した状態に入ったかに見えたまさにその時、頂部から巨大なきのこ雲が突き出し、柱の高さは合計で4万5000フィートに達した。きのこ雲の頂部は柱以上に躍動的で、クリーミーな泡の白い怒りの中で煮え立ち、逆巻き、上空へはじけ飛んだのち地球へと降り注いだ。それはまるで、1000個の間欠泉が一つの塊となったかのようだった。

それは、自らを縛り付ける束縛を断ち切ろうとする生き物のように、原始的な怒りとともにのたうち回っていた。数秒のうちに巨大な幹から解放されたきのこ雲は、凄まじいスピードで上昇し、その勢いで高度約6万フィートの成層圏へと達した。

これが起こるや否や、最初のものより小規模な別のきのこ雲が柱から現れ始めた。まるで首を跳ね飛ばされた怪物が、新たな頭を生やしているかのようであった。

最初のきのこ雲は青空へ漂いながら花のような形状へと姿を変え、巨大な花弁は外側がクリームホワイト、内側がローズ色で、下向きに曲がっていた。約200マイル離れた場所から最後に眺めたときにも、なおその形状を保っていた」

資料画像1
資料画像2