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山口百恵『蒼い時』(集英社文庫、1981年)

2020-05-25||鳥原 学

21歳で引退するというのも世間を驚かせたが、本書が出版されると”自分の言葉で語っている”として大きな話題になった。そんなアイドル、当時まったくいなかった。じっさい、 出生、性、裁判、結婚と綴られた心の軌跡は、いま読んでも新鮮だ。

ただ、私が何度も読み返したのが「序章 横須賀」。

突然送られてきた、石内都の写真集『絶唱、横須賀ストーリー』についての感想が書かれている。自伝的エッセイに、これを冒頭に置くというのはその衝撃大きさを物語っている。しかも、その見立てがとても的を射ていて、この人の感受性の鋭さに驚いた。

興味深いのは、同じ横須賀育ちにしても、ふたりの記憶がまったく対照的なこと。山口にとっては懐かしい故郷だが、石内にとっては心に大きな傷を与えた街である。その後の人生も、専業主婦と写真作家と違っている。ただし、それは其々が自立するための必然的な選択だったのだろうと思う。

ずいぶん前、石内さんにこの『蒼い時』について聞いたら、とても嬉しそうに語ってくれた。序章を開くと、そのことを思いだす。