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報道写真とAI

2026-06-10||鳥原 学

あるところから現在の報道写真にあり方について、とくにAIとの関連について意見を求められたので、ここにもメモとして、私の意見の要旨を書いてきおきます。

AIを使うことを報道写真業界は危険視のは当然だが、スマホや一眼カメラの映像エンジンの中身はいまやAI化されて、画像が“シミュレーション”の結果として、はき出されている。例えば以下のような工程がそうである。

AI被写体認識AF
AIノイズリダクション
超解像
被写体分離
HDR合成
深度推定
レンズ補正

写真家が撮りたい写真をカメラが予測し、それに合わせて、絵作りを行っている。「AI生成画像」と「写真」の境界はすでにかなり曖昧になっている。
ワシム・ファリドの2025年の論文「計算写真(Computational Imaging)とデジタル・ジャーナリズム倫理の揺らぐ基盤」は報道機関がスマホを使って撮影した場合と限定しているが、以下の指摘は一眼カメラで撮った場合にも当てはまるだろう。

「フォトグラファーによる意思決定の背後にあるジャーナリズム倫理を理解するだけでなく、倫理に関するジャーナリズム基準を確立、あるいは場合によっては再確立するために、機能しているテクノロジーを理解することも重要である。これを実現するためには、現代のフォトジャーナリストはテクノロジスト(技術者)でもなければならない。視覚的、言語的、あるいはテキストによるものであるかを問わず、ニュースを報じることには、取材を導く独自の価値観と倫理のセットが存在しており、これらの倫理は、時間、技術、そして社会が進展するにつれて変化してきたのである」

もちろん、撮影者は現実の改変を意図している訳ではないのだが、多くは「今このカメラは何を推定しているのか」も完全には把握できていないだろう。写真家は、自身が使うメカニズムにどれほど注意を払っているのか、明確に意識すべき時代になっている。そのうえで倫理を論じないと、精神論に過ぎなくなる。