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原風景について

2019-09-22||鳥原 学

1.商店街

先日、大阪芸大に行ったその帰り、小学校を出るまで暮らしていた街に立ち寄ってみた。ほぼ30年ぶりだった。
駅前から続く、長く狭いアーケードの商店街を通る。まだ小さな個人商店が多くて、数件ほどだが知っている店も残っていた。そこを歩くうちに、子どもの頃に戻っていくような不思議な気分になる。

いろんな街で商店街を歩いてきたけれど、そんな感覚がわくことはなかった。きっと「原体験」というもののせいだろう。

人間の眼は風土を超えない、と言ったのは山崎博さんだった。だとすれば、私のものを見る眼の根底にあるものは、この狭い通りで織りなされる生活の風景なのだ。それは何物とも代替がきかないものでもある。

2.生まれた家

商店街を抜けて、生まれた家のところまで歩いてみる。
不思議な感覚がますます身体に充満してくる。40年以上前に見ていた建物が何割がそのまま残っていて、街区の雰囲気自体はあまり変わっていないからだ。

もっともよく遊んだ友だちの小さな家など、表札が全く同じだった。どう考えても、そんなはずはないのに。でも、いちばん驚いたのは生家がそのまま残っていたこことだ。

父が10坪ほどの長屋の一角を買ったのは、1957年前後のことだから、60年以上前のことになる。しかも、ここを離れた理由は雨漏りだった。それに私たちが住んでいた当時、このあたりは大雨になるとすぐに川が溢れて、水に浸かった。低学年のころまでは便所は汲み取り式だったから、不衛生このうえない。一階の畳みを上げて、家族5人で狭い2階に上がり、夜を過ごした。子どもにとって、それは悪くない記憶だが、両親はたいへんそうだった。だからとっくに建て替えられていてもおかしくない。いや、建て替えた方がいいと思う。

高校生の頃だかに公開された「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」という映画は、同じ一日が永遠に続くという話だった。それはラムちゃんの願望から生まれた事態だった。陽射しのコントラストが高い無人の街を、解決方法を求めてさまよう登場人物たち。

午後4時の西日に染まる街で、記憶に沿って歩きながら、まるでその一人になったような気がしていた。