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いつか住みたい街 みんなの憧れ

2020-12-25||阿古 真理

私が四歳まであと数か月のとき、妹が生まれ、母から「お姉ちゃんなんだから」と厳しくされる生活が始まった。私のダメな点を見つけては小言を言う母の視線にビクビクする。

母はまた、私の話をたいてい聞き流す。学校であったできごとに関心も見せないし、頼みごとは何度もお願いしないと通らない。一番認めて欲しい母親から疎まれ、自分は取るに足らない人間だと思いながら育った。

 学校でも浮き上がりがちで、居場所と感じられるのは本の世界と空き地ぐらいだった。木登りばかりしたのは、そこでぼんやりすることが息抜きになっていたからだと思う。

町の中の自然は、私を包んでくれた。中学から通った私立女子校が里山の中にあり、休み時間にキャンパスを探検するのが楽しみだった。大学も同じ敷地にあったためキャンパスは広く、探検のし甲斐があった。見たことはないが、狐や蛇も住んでいたらしい。夏はセミの声に包まれ、初秋にはグラウンドに赤とんぼが乱れ飛ぶ。夕暮れどき、虫の声に囲まれて薄暗くなった学校から家路に急ぐ。

改めて考えると、小学校1年生で引っ越すまで住んだ町も、桜並木が続く夙川沿いに公園があり、幼稚園からの帰り道にそこを通るのが楽しかった。公園から海岸も近い。

 運転免許を取ると、私は父の車を借り、時折その町へドライブした。西宮市大谷記念美術館で毎年開かれる、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展へは必ず行く。大阪で一人暮らしするようになってからは、阪神電車で行って美術館の周囲を回った後、二〇分ぐらいかけて夙川沿いを歩き、阪急の駅から帰った。

 三〇歳で東京へ移り住むと、カルチャーショックから抜け出すのに数年かかった後、うつを患った。だからやはり、緑のある環境に身を置くことが助けとなった。都内で二度引っ越しをしたが、スワンボートが浮かぶ公園へ散歩に行ける場所から離れられない。木々も豊かだが、季節ごとにいろいろな花を楽しめる点が気に入っている。梅、桃、桜、ツツジ、山吹、シャガ、アヤメ、アジサイ……順に咲く花を観に行くと言って散歩する。自転車で公園まで行く日もあれば、運動不足解消を兼ねて、徒歩で公園までの道を行くこともある。一つ残念なのは、その公園の徒歩圏内は、買いものにはちょっと不便なこと。だからいつも、自転車圏内の便利な町を選んで住んでいる。

 私がいつか住むなら、緑豊かな公園が徒歩圏内にあり、木々が植わった庭が仕事部屋から見える日当たりがいいマンションを選びたい。自分には園芸の才がないので、庭つきの一戸建てはパス。周りは閑静な住宅街で、庭に梅や桜など春に花が咲く木が植わっていて欲しい。そして近くに使い勝手のいい駅前商店街があり、都心から遠くないほうがいい……とまで考えると、誰もが憧れる高級住宅街になることに気がつく。平凡な夢だ。しかし、平凡な感性だから共感される文章が書けるはず、と強がっておくことにする。

 

初出:『小説新潮』2019年12月号