体験ルポ『サカナ・レッスン』執筆のため、日本で魚料理を学んだアメリカ人のフードライター、キャスリーン・フリン氏に、インタビューをした。すると、日本人にとっては当たり前の、魚に塩を振ってしばらく置いてから焼く習慣が、すごい技だと言われたのである。言われてみれば、アメリカやイギリスの料理番組では、魚に火を通してから塩を使う場面が目立つ。
『料理は女の義務ですか』執筆で、料理の歴史を調べた折、塩の役割の大きさに改めて驚いたことを思い出す。魚に塩を振ることは、味つけ以外に余分な水分を抜くためでもある。それは他の食材でも同じで、サラダに使うキュウリでも、下ごしらえとして塩をもみ込んでおく。漬物でも、下漬けとして塩漬けをする。浅漬け状態で食べるとおいしいカブは、薄切りにして塩をもみ込み放置しておくと、1時間もすればたっぷり水分が出る。料理研究家の有元葉子氏は、スーパーで売られる安い鶏肉も、塩を振って余分な水分を抜けば、地鶏のようにおいしくなると勧めている。
熟成や発酵の手助けにもなる。塩豚は、肉の塊に塩をもみ込み、きっちりラップをして冷蔵庫に入れて作る。そのままでは2~3日で悪くなってしまう肉を保存するにもいいし、何より脂がおいしくなる。
塩には、このように余分な水分を抜いたり、素材を変質させて長持ちさせる作用がある。だから、人びとは昔から、塩を使って食材を保存してきた。日本にあるさまざまな漬物も、塩を振って保存し発酵させて作る。魚醤、味噌、醤油も、塩を使うことから生まれた発酵調味料だ。
塩で水分を抜くと、野菜は柔らかくなって食べやすくなる。ドレッシングを振るなどさらに味をつける場合もあるが、そのまま食べられる簡単調理法でもある。私はときどき、塩を振っただけのキュウリを副菜として食卓に並べる。買い物がしばらくできないとき、豚肉の塊を買って塩豚にして冷蔵庫に置いておくことがある。冷凍庫に入れた後に解凍すると味が落ちるが、塩豚にしておくと1週間ぐらい持つし、私の苦手な脂がおいしくなる。
毎年梅干しも漬ける。塩を振って漬けておくだけで、生で食べられない梅がおいしい梅漬けになる。それを土用の時期に干して梅干しにする。赤紫蘇も塩を振ると、たっぷりのアクと水分が出る。薄い葉っぱのどこにこれだけの水分が含まれていたのかと、毎回不思議な気分になる。その紫蘇を梅に合わせると、美しい紫色になり、梅干しの味わいも増す。
塩×時間で、長くおいしく食べられる食品が出来上がるのだ。食材に含まれる塩分を利用するのではなく、単独で塩を使い始めたとき、料理の多様な可能性が広がり始めたのかもしれない。
初出:塩と暮らしを結ぶ公式サイト「塩味はおいしい!」2019年11月29日公開