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物語からの招待状

2021-04-19||阿古 真理

育った町で一番好きだったのは、最寄り駅前の書店だ。駅の反対側に文化系の大学があったせいか、文芸書など教養の香りがする本が充実していたように思う。「本を買いたい」と親に出してもらったお小遣いを握りしめ、買いに行った物語があった。棚にないものは、書店員に頼めば3週間ほどで届く。そうやって欲しい本を心待ちにしたことも、一度や二度ではなかった。

電車で出かけた帰りも立ち寄って、どんな本が並んでいるのか確かめがてら店内を一周する。すると、目につく本があって思わず買ってしまうことがある。思えばあの頃、本はそうやって出合っていた。いかにも本好きなニオイがする、梅田駅前の旭屋書店もお気に入り。初めて父に連れて行ってもらった折は、何フロアも書棚が占めることに驚き、「本屋さんの子になりたい」と憧れたものだった。

ほどなく母が書店にパートに出て現実を知ることになる。実は何冊もの本をくり返し運ぶ書店員は重労働だ。母は私たちに与えたい『まんが日本の歴史』シリーズ全巻と、自分が読みたい『赤毛のアン』シリーズ全巻など、スタッフ割引で大量に本を買った後、「腰が痛いから無理」と辞めてしまう。私は儚い夢を捨てた。

私の本好きは今も変わらず、資料を大量に読んで疲れたから、と小説に手を伸ばしていることがある。でも、読み方は昔と違う。きっかけは、いろいろなことがうまくいかなかった10年あまり前。映像化不可能と言われていたのができた、と映画『ロード・オブ・ザ・リング』3部作が話題で、全部観てハマり、未読の原作ファンタジー『指輪物語』を全巻揃えて読み始める。

あんまり暇だったので、映画より数段奥の深い世界が広がっている、と気に入った原作をすぐ再読した。2回目の途中で、作者が物語の動きに合わせて登場人物たちを動かす構図が見えた。そのときから、登場人物に感情移入するのではなく、作者の意図を考える、描かれた時代や国に思いを馳せるといった客観的な読み方ができるようになった。

壮大な冒険とともにあるファンタジーの世界は、厳しい現実から一時避難するにはぴったりである。思えば、子供の頃も異世界で冒険する少年少女に感情移入することで、落ち着く場所がない家や学校での日々をやり過ごすことができた。

あの頃、家のそばにある突き当りの塀にへばりついては、「ここが扉になって不思議の世界へ行けたらいいのに」と夢想した。しかし同時に、そんな魔法はハナから信じていないと自覚している。信じて奇跡を起こす、お話の世界の少年少女みたいに無垢になれない自分が嫌だった。

今考えると、私はいつも本という扉を通って「向こうの世界」に入り、遊んできた。もちろん、魔物と戦って世界を救うことはなかったし、魔法の何かを手に入れることもなかった。しかし、本をたくさん読んだことで広がった視野があり、得た知識がある。それは、やっぱりエルマーやアリスやバスチアンと、遊んできたからだ。残念ながら、そのことを子供の私に伝える術はないが。

今まで、紙の上に小さな世界を作る仕事を手放さなかったのは、物語の世界で遊ぶ楽しみにハマってしまったからだと思う。こうして書いている今も、私は自分の書いた文章の中で遊んでいる。

 

初出:日本経済新聞夕刊2017年7月14日