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写真評論家・平木収の講演録「写真はどこに行くのか」1994年 最終回 ── オールドメディアとしての写真

2026-08-10||鳥原 学

写真評論家平木収さんの講演録「写真はどこに行くのか」の最終回。

最後の質問は“マルチメディア”の将来像。1994年は「マルチメディア元年」と呼ばれています。11月にカシオからQV-10が発売され、年末にはセガサターンやプレイステーションなどのゲーム機も。翌年、Windows95が出て「インターネット元年」と呼ばれている。
こうした時代の先にある21世紀を、わたしたちは漠然とどう考えていたのか。平木さんの予測から、その答え合わせみたいなことが、できるかもしれない。
ただし、平木さんの発言にはまだ「デジタル」という言葉は出てこない。

「シャッターを切るっていうのは、未来に何かを見せようとする、前向きっていうか、希望の哲学に達するもの」

わたしの記憶では、平木さんがよく話されていた言葉だと思う。今も時々、思い出して励まされている。

今回は、質問コーナーの続きです。


平木収「写真はどこに行くのか」第10回 ── 報道写真はなぜアートになり得るのか/マルチメディアの未来

質問 : さっきあちらの会場で最後におっしゃられた、ジャーナリズムとアートの交流っていうかわかんないんですが、そのへんについてもうちょっと。

平木 : そうですね。今お話ししたようなことにも関連するんですけど、ジャーナリズムがかつては事実関係が客観的に伝えられればいいという使命をもっていたんです。ところがこの事実関係っていうのはテレビが同時中継的に、ごく的確に伝えます。そうなったときに、事実関係だけが伝わればいいのか、テレビですべてが分かるのかっていうと、けしてそうじゃないと思うんです。そうなったときに写真家にまた役割が戻ってくるんですね。

この頃しばしば言ってるんですけど、写真って、だいたいものが見えてないと写らないけど、写真を撮る人の気持ちと、見えてることよりも見えないところを写そうとしているわけです。目に見えないことに焦焦点に合わせてシャッターを切っている。だいたい、そういう想いじゃないかと思うんです。

例えば“愛情”にせよ、“想い”にせよ、喜怒哀楽にせよね。テレビっていうのは時間がずーっと経過する中で動いてますね。ですからわりかしそんな思いの集約ってないですね。

「シャッターを切る」という希望の哲学とヒューマニティ

シャッターって一瞬で、撮った後は過去になっちゃってるわけです。ところがシャッターを切るっていうのは、未来に何かを見せようとする、前向きっていうか、希望の哲学に達するものなんですね。ですから不可視なものに対する可視化行動っていうか、見えるようにする行動だと思うんです。そこでやっぱりテレビっていうのは、わからなかったことが、セバスチャン・サルガドの写真ではわかるんです。

あの湾岸戦争の写真とかもそうですし、そういうふうにして、人間の問題に事実関係を知るということが、生活の中の事務的なことよりも、より人間のことを知ろうとする目的において従来報道の意味を担ってた写真が逆に報道よりももう少しヒューマニティの部分に移っている。それが今の報道写真のアートへの接近だと思います。それからアートとして理解されるよすがとか糸口になった。

要はアートが非常に先鋭化して、「L’art pour l’art=芸術のための芸術」という言い方があります。そういうことがかつて、昔もありました。だけどまた二十世紀の“どん突き”にきて、このごろもあるようにも思われます。その「芸術のための芸術」への一つのけん制球的な意味もあるのかもしれませんけどね。

ようするに報道写真だって今は第一線を退いてるかもしれないけど、「ヒューマニティを語る部分においては、これだけの力がありますよ」と。しょせんアート、しょせんといったらおこがましいですけど、アートっていうのはやっぱり、芸術は、人間が人間とは何かを考えていく、その行為の中で出てくる途中経過みたいな結果だと思うんですね。そういう意味では報道写真が読み変えられるのではなく。また、別の側面に向けられている、見つめ変えられてアートという文脈で理解されたりということを理解する。またそれと接触する場として設けられた美術館やなんかで展示されてきた。そういうことじゃないかなと見てます。

質問 : 報道写真、写真自体は変わらないのですか。

平木 : 変わらないんじゃないかと思うんですけど。ただね、責任感は変わってると思うんです。

速報性うんぬんというのはやっぱりテレビが伝えてくれると思います。それこそオリンピックだとかアジア大会の写真だとか、この間のバルセロナオリンピックの時などにグラフ雑誌「アサヒグラフ」とか何か出ますね。あれ見るとね、昔は記録を追いかけるだけできゅうきゅうとしてたのが、表情を撮ったりそういった方向にいってるわけですよね。責任の変化による写真の違いは出て来ているのかなと。スポーツ新聞かなんかの野球写真なんかでもね、結構表情だとか一瞬撮ってるのが多いですね。

かつてのようにクリーンヒットしたパーンとインパクトのあるものよりも、なんかしくじっちゃったなみたいな写真が全面で出てたり。あういうふうな傾向にあるのも、あのメディアに関する責任の変化かもわかりませんね。

質問 : 左側に極端なテレビがある、右側にアートがある、その中間にきたということですか。

平木 : そうですね。アートに近づいたっていうか、アート的な活用がされる、確かに新聞の方からこれから報道写真どうなるんでしょうって聞かれることあるんです。いろんな人に聞かれて。

今極端な意見っていうのは、ビデオカメラを新聞社の記者はかつぎなさいというもの。コマ抜きでいいカットを選べばいいじゃないかと。だけどやはり現場の意識としてはそれはいやだと、そういうようなことがあるらしいんですね。実際、ニコンF3につけるビデオカメラとかあるんですよ。だからあるんだけど、なかなか気分は許さないといってましたね。

で、やはり僕はビデオの機能とスチール写真の機能とは、もう少しまだ分業状態にあってもいいと思います。撮るときの意志っていうのが同種のものだと思えないんですよ。そこがちょっと気になっている。ただメディアが何を目指すかによってどういう写真を優先していくのかというのは、一概にわかんないですけどね。

平木 : 変わらないんじゃないかと思うんですけど。ただね、責任感は変わってると思うんです。

速報性うんぬんというのはやっぱりテレビが伝えてくれると思います。それこそオリンピックだとかアジア大会の写真だとか、この間のバルセロナオリンピックの時などにグラフ雑誌「アサヒグラフ」とか何か出ますね。あれ見るとね、昔は記録を追いかけるだけできゅうきゅうとしてたのが、表情を撮ったりそういった方向にいってるわけですよね。責任の変化による写真の違いは出て来ているのかなと。スポーツ新聞かなんかの野球写真なんかでもね、結構表情だとか一瞬撮ってるのが多いですね。

かつてのようにクリーンヒットしたパーンとインパクトのあるものよりも、なんかしくじっちゃったなみたいな写真が全面で出てたり。あういうふうな傾向にあるのも、あのメディアに関する責任の変化かもわかりませんね。

質問 : 左側に極端なテレビがある、右側にアートがある、その中間にきたということですか。

平木 : そうですね。アートに近づいたっていうか、アート的な活用がされる、確かに新聞の方からこれから報道写真どうなるんでしょうって聞かれることあるんです。いろんな人に聞かれて。

今極端な意見っていうのは、ビデオカメラを新聞社の記者はかつぎなさいというもの。コマ抜きでいいカットを選べばいいじゃないかと。だけどやはり現場の意識としてはそれはいやだと、そういうようなことがあるらしいんですね。実際、ニコンF3につけるビデオカメラとかあるんですよ。だからあるんだけど、なかなか気分は許さないといってましたね。

で、やはり僕はビデオの機能とスチール写真の機能とは、もう少しまだ分業状態にあってもいいと思います。撮るときの意志っていうのが同種のものだと思えないんですよ。そこがちょっと気になっている。ただメディアが何を目指すかによってどういう写真を優先していくのかというのは、一概にわかんないですけどね。

広義のメディアと「マルチメディア」の本質

質問 : 平木さんがさっきおっしゃった時にマルチメディアということが出てきましたが、平木さんの中でのマルチメディアの定義というのは。

平木 : それは難しいんですよね。

僕は今マルチメディアって言われてるのは狭義で、電子機器を使ったマルチメディアのことですね。ですがマルチメディアっていうのは、幅広く考えていくと、一冊の本もマルチメディアだし。だからメディア機能がその中にいろいろあるわけですね。難しいですね。

ただね、だったら今の狭義のマルチメディアを考えていくうえで、広義の、歴史的に見ても広義のマルチメディアのことを視野に入れていかないと使い道を見失ってしまうだろう、と思うんです。要はいろんなものを同時に使いこなしていかなきゃならない。

だから逆にパソコンだけに頼って全てが済むのではなくて、書籍ですとか、そういった従来型のメディア、媒体を尊重していかなければならないだろうと思います。

便利だとか、不便だとか、かさ張るとかで、駆逐されていくという、そういう現象的なことが考えられますね。

確かにかさ張るんですよ。確かに(パソコンを使えば)コンパクトになりますね。だからといって、同一のものが伝わると思わないので、単純には言えないなと。

マルチメディアで可能性があるのは、地域のアートプロジェクトのようなものがあってね。例えばある地域で、総合施設みたいなのを作って、それが地域活性化というか、そこだけに、そこに行かなきゃいけないというのではなくて、そこに行かなくてもマルチメディアに参入できるというのがあってもいいと思うんです。

ただ、参入できるけど、行ったら行っただけの値打ちはある。だから一地域のイベントみたいなものが広域でエレクトする、刺激を及ぼすようなパイプとしてのマルチメディアは可能性があるなと、そう思います。

ですから、目的が先に作られていて、逆転してるような感があるんですけど。それが見えてきて、機器が使われるようになると、そういう形になっていかなきゃいけないかなと思います。マルチメディアをこれからディベロップしていくには、かなりいわゆる文化プロジェクトが優先していかなきゃいけない。

あるいは行政なら行政のプロジェクトに対して必要に応じるだけの、前提が必要だろうなと。そこをちょっと後手に回ってるんですよね。実は前にそういう委員会組織があってね。その時にちょっと委員をやってたんですけどね、ばかばかしいから抜けましたけどね。そろそろマック買おうかなとか思ってます。まだ迷ってる。

インタラクティブな時代における知的所有権と人間関係

質問 : マルチメディアって言ったときに、早速レクチャーで言われていたように、双方向っていうところが私なんかは一番魅力かなって思ってるんですけど。やっぱり今までのメディアって一方通行で、それはすごく大きな違いで、それがかなり一般化してくるときによって、例えば先ほどおっしゃったように、印象派っていうのが出て来たように、写真にもすごく影響があるのかなっていうのが。

平木 : それで写真における双方向っていうのが、どういうことになるのかっていうのはちょっと難しいとこあるんですけど。かつて僕が勤務してた時に、「ハイオービス(Hi-OVIS)」っていう言葉があったんですけど、今でもあるのかな。

ハイオービスっていうのはね、双方向の言い換えなんですよ。これはちょうど神戸でポートアイランドで「ポートピア」っていう博覧会があったんですけど、もう十年くらい前ですね。

その頃はいわゆる個人型じゃなくて、公共所有型の大型画面だとか、そういったテレビを使って双方向でなんかやってる。その時のイベントがテレビを使ったジャンケンとかばかなことをやったんですけど、テレビジャンケンとかありましたけどね。まあ、そんなレベルだったんですけど、それからずーっと発展してきて、個人ツールとしてのパソコンだとか、個人単位の双方向になりつつあります。

双方向、双方向っていいながら、なかなか最初はパソコンの場合は、パソコン通信だとかインタラクティブの方が全面に出ていて、やっとマルチメディアで、双方向ってことになってきたんですけどね。実現の可能性が高くなってきて、ただ双方向の問題が出て来たときに、非常に難しい問題も抱えなきゃならないんですね。

例えば知的所有権の問題や、著作権ですね。フォトCDのような形にいったんなると、電子回路を通じて無制限にとは言いませんけど、かなり簡単に画像、情報のやりとりがあります。これに歯止めをかけようとするのがいわゆる知的所有権に対する金銭的な保証の問題、アメリカあたりが今一所懸命に言ってますね。

かたや人間って歴史を積み重ねていくうえに、共有してるものがいっぱいあるんですよ。知的なもので公有権っていうか公有物っていうのがあります。歴史がたったものは公有してもいいだろう、共有してもいいだろうというので著作権に有効年限が設けられたわけです、それは確かなんですけど、歴史は例えば五十年なら五十年、暦(こよみ)的な歴史だけで問題が済むと思えない。

そこでやっぱり知的所有権の問題が、双方向性で個人所有だとか、あるいは共有だとか、高まって行くなかでね、知的所有権、知的共有義務みたいなことも、論議をなされていかなければいけないだろう。つまり社会のビジョンみたいなこと。

それからそこにおける個人の意志だとか、個人の主張だとか、電子回路におけるいわゆるインタラクティヴなネットワークシステムにおける、なおかつ双方向性が非常に高いメディアにおける知の所有問題だとかは難しいですね。だから随分いろんな人が意見を言いながら、整えていかなきゃいけないなと。となると逆に意見を交換すること自体に意義があるとも言えるし、だからおもしろい時代というか大切な時代なんですね。

このままいったら人間もっと無口な核家族に代表される個人個人がバラバラになっていくかもわかんない。逆にマスコミが電子のメディアの出現によって密になっていくかもわかんない。いくんじゃないかというのがわりかしメーカーさんのご意見なんですけど。

わかんないですね、これは、本当に。だって今作ってるものがマルチメディアソフト振興会なんかがやってる、だれも使いやしないやそんなもんってものばっかりなんですね。

苦しげなものばっかりなんですよ。だから今のところ、難しいですね。だから僕も、めんどくさいからといって目をそらさずにいきたいと思います。

昔アマチュア無線をやってたことがあるんです。地球を一周回ってね、オーストラリアとロンドンとメルボルンと京都とで随分お話しした。するとアメリカから入れてくれと言ってくるんです。「ラウンドテーブル・キューエスオー」っていうんです。

それで喜んで遊んでましたがあれは面白かった。本当に地球がちっちゃくなったみたいで、国際電話みたいに金がかかんないしね。それでずっと高校生時代遊んでたんで、受験には落っこちました。今日はどうもありがとうございました。


── 終 ──