1994年、写真弘社のギャラリーを担当していた時、写真評論家、キューレータ、評論家をゲストに招いた連続講座を開催した。
その時の模様をテープ起こししてくれた方がおられ、それをプリントアウトしたものを持っていた。ただし、そこに印字されていた文字はすでに消えてしまい読むことができない。なぜって、そのワープロが感熱紙を使っていたからです。まだそれほどパソコンが普及し打てない年だった。
ただし、一人の講演者の分だけが普通紙にコピーされていた。それが当時、川崎市市民ミュージアムを退職されたばかりの写真評論家平木収さんの講演録。
平木さんはこれから10年後の2004年に亡くなられた。享年59歳、いまの私はその歳を2年ほど過ぎている。平木さんほどの写真に対する知識や愛が、自分にあるだろうかと考えたりする。
いまこれを読んで懐かしいとか思うよりも、改めて写真史の一コマに触れている気分になる。
開講日:平成六年十月二十一日(金)
講義テーマ:「写真はどこへ行くのか」
講師:平木 収(写真評論家)
平木でございます。そっか、自己紹介ね。川崎の市民ミュージアムってところで学芸員をする前にも、実は写真評論の仕事をしておりました。まぁ、マイナーな仕事ではありますが。で、写真評論というものは、写真家になりたくてやっていたことが、写真家の芽が絶えまして、解説する、あるいは紹介したり時と場合によっては善し悪しのようなことを言ったりする仕事になりました。
ただ、常々考えておりますのが、写真評論の仕事っていうのは、善し悪しとかを人に先んじて偉そうに言うのが仕事ではなくて、撮る人と見る人の間に入る調整役の仕事であると。僕も素直に言えるのは、気恥ずかしいんですけど、写真好きです。絵も好きですけど。音楽も別に嫌いじゃないですね。ただ写真はかなり子供のころから親しんできて、大好きなので、結構自分では面白がれる方だと思っています。
撮るのも面白かったし、見るのも面白いですね。そこでそういう撮るも見るも面白いと思うことができる僕だったら、みんな仲良く楽しく見ようみたいな、わりかし僕らしい発想かもしれません。
今日もそういうテーマでお話ししようと思うんですけど、これから写真はどこに行くのか、非常に漠としたというか、広大なのをもらっちゃったんですね。今日用意したのは主にヨーロッパの現代写真といいますか、今の状況がどうなっているのか、どういうことが行われていてどういう傾向の作品が出没しているか、ちょっとお話ししようと思います。
で、あの、僕らもそうなんですけど、そうですね、六十年代、七十年代くらいに写真にとり憑かれた人間というのは、アメリカの影響を非常に強く受けたんです。で、「コンテンポラリー・フォトグラフィー」という展覧会がございまして、一九六〇年代の半ばですけど、その影響たるやもう、すごいもんでした。
ただ、これは体系的に話さなければならない部分でして、あまり経験的に、日本のコンポラアートで片付けちゃいけないと思っておりますが、とにかく僕たちも、自由に、つまり、大義名分をはった正義感をかざして写真を撮るのではなくて、わたしたちがはまっているその実感っていうか、個的なアイデンティテイーというか、それを確かめていこうと。そういう写真の撮り方を覚えちゃったというか、そのルーツにはロバート・フランクの業績があると思います。
そういったロバート・フランクだとか、そのあと、直接の弟子じゃないですけど後継したような形で、リー・フリードランダーですとか、ゲーリー・ウィノグラント、そういった人達が活発に写真活動してきたのを眺めながら、写真の深入りしていったというのはあります。
アメリカっていうのは一つの理想というのかな、お手本だったんですが、最近でもないな、かなり前からですけど、写真の歴史をもうちょっと視野を広げてみていきますとそれがヨーロッパ起源であることが見えまして、そう見るということは、アメリカももともとヨーロッパの出店みたいな形で成立した国で、日本もヨーロッパの写真術を導入し、国産化していったわけです。ヨーロッパのことをもうちょっと知っていたほうが、自分たちが何をやってるのか見えるというんで、僕の関心はひたすらヨーロッパに向いていたんです。アジアに関心がないのかっていうと、そうじゃなくて、アジアにも日本にも非常に関心が強いんですけれども、とにかく写真ということを知る上にはヨーロッパのものを自分なりに納得のいくまで理解した方がいいと思います。
学生時代に語学の勉強をしっかりしておけばよかったと思いながら、行ったり来たりをはじめましてですね、向こうの状況を睨みながら、僕たちの今の在り方だとか、身振りとかを考える、そういうことを評論活動でやってしてきました。
で、「川崎市民ミュージアム」ってのを作るときにも、評論家として手助けができないかというんで職につきました。ですんで、一生公務員にずるような職に籍をおいているつもりはなかったんです。ただ、最初三年くらいのつもりだったのが、五年になり、七年目で退社いたしました。
実はね、現在フランスを中心に大変写真祭が盛んなんですけど、写真展やスライドショウをやったりしながら、人が集まって、いわゆるイベントの時間を共有して、楽しんで、まぁ、なにか方向性を見いだしていこうとする。お祭りと言えばお祭りなんですけど……。これは、わたしが写真祭に行くぞってところ。あんまり今紹介されてないフェアなんですけど、それからいきますね。
一番ポピュラーなのがアルルの写真祭、それからパリの写真月間というのです。あまり目新しい話じゃなくなるかな。この講座で現代写真というのは、笠原さんがどのへんのお話しをなさったんですか。あ、セルフポートレートの?
ではちょっと違った傾向のところをお話ししますね。今日お見せするのは、少しシンディー・シャーマンがあります。それは説明的にあるんですけど。あとあまり積極的には紹介されてないシュザンヌ・ラフォンというのをご紹介したいと思っております。シュザンヌ・ラフォンは、ただ、最新作ではないので、若干今のものと作風が変わっちゃったかな、という危惧があるんですけど。それから「どこへ行くのか」、というテーマだったんでやっぱり傾向というか、行き先のことが気になりますんで、日本でも、現代写真とかカッコつきで言うところって、見えてるのかなぁと思うんですけど。
結構僕らみたいな企業がらみの仕事をしていても、何をして現代写真と言い切っているのかは、定義は難しい。実は同じようなことが現代美術の方でもありましてね。この間も、朝日新聞の批評欄だったと思いますけど、(ジョセフ・)コスースかなんかの評に、コスースは現代美術と言い得たというような言い方で書かれてまして。ということは、それだけ現代美術っていうのは捉え所がないというか、難しいんです。
以下、第2回に続く。