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書評 北尾トロ『夕陽に赤い町中華』(集英社インターナショナル)

2020-07-13||阿古 真理

ミシュランガイドが発行されて12年。今や、日本は自他共に認めるグルメ大国となった。しかし私たちの食文化は、高級料理だけで形成されているわけではない。「角の店」「駅前の中華」と名前すら覚えていないが、行きつけの店を地元に持つ人は大勢いる。通うのは味ゆえか、雰囲気か、店主の魅力か。そんな市井の店についてていねいに取材し、町の飲食店の現代史を描き出したのが、本書である。

著者は、大衆的な中華料理店を「町中華」と呼び始めた言わば名付け親だ。個人店が中心の町中華が、時代の変化で消えてしまう前に記録を残そう。そう考えて仲間と何年も食べ歩き、やがてつかみ出したのだ。その歴史を。

もちろん、全国の店をしらみつぶしに調査したわけではない。しかし、東京を中心にした町中華の戦後史からは、引揚者や地方から出て来た人など、個人の生活史を通して時代が浮かび上がる。

町中華の発展と衰退には、日本の食事情や働き方の変化も関わっている。

コメ不足の戦後、アメリカが余剰小麦の市場を日本にも求めた。その結果、小麦の麺を使う町中華が続々と生まれた。

バブル期、職場を離れる時間も惜しんで働く人々の求めに応じて、大量の出前注文があった。そこから話は、出前でも汁をこぼさず運べる運搬用の出前機の開発物語へと展開する。暮らしを支えた縁の下の力持ちにまで、光を当てるのだ。

フランチャイズというビジネスモデルが広まる前、日本の飲食業界は、修業を積んだ弟子がのれん分けで店の味や名前を受け継いでいた。

名店や名シェフを描いた本からは見えてこない、日本の飲食業の歩みが、庶民の町中華の歴史を掘り起こすことで、鮮やかに浮かび上がってくる。

中華料理店なのに、カレーやオムライス、かつ丼がメニューにあるのはなぜなのか。町中華の味の決め手と噂される化学調味料の実態は。そんなトリビア的な疑問にも答えてくれる。

本書は、丹念に歩き大勢の話に耳を傾けたからこそ浮かび上がる、庶民の生活史である。

 

初出:福島民報 2019年7月15日ほか。時事通信社配信