濃いカルピスは、大人の味
乳酸菌飲料のカルピスが発売されたのは1919(大正8)年。カルピス創業者の三島海雲が、内モンゴル滞在中に体調を崩し、発酵乳を飲んだところ元気になった経験をヒントに開発した。
91(平成3)年に、高濃度の原液をあらかじめ希釈したカルピスウォーターが発売され、大ヒットした。子ども時代にカルピスを原液から薄め。「作って」もらった思い出を持つ昭和育ちは多かったのではないだろうか。
西加奈子の小説「円卓」が原作の映画「円卓 こっこ、ひと夏のイマジン」(2014年公開)は、13(平成25)年の夏が舞台だが、昭和のたたずまいが濃厚な作品である。大阪の団地に暮らす「こっこ」こと琴子(芦田愛菜)は、孤独に憧れる小学3年生。祖父母、両親、三つ子の姉たちの大家族と、中華料理店にあるような回転式の円卓を囲んで毎晩食事をする。
こっこには、人と違うことが何でもうらやましい。隣に住む幼なじみの同級生ぽっさん(伊藤秀優)の吃音も、仲良しのめぐみ(草野瑞季)が着けた眼帯も、こっこには「かっこええ」と映る。しばしば周囲にたしなめられるが、理由が理解できない。しかし、祖父(平幹二郎)の言葉をヒントに、人の気持ちを想像できるようになりたい、と思い始める。彼女の成長を表す小道具がカルピスである。
ある日、こっこは同級生たちと優等生のクラス委員・朴くんの家へ行く。彼が在日4世であることを知り「かっこええ」と憧れる。濃く入れたカルピスを出してくれたお母さんが、夫との不仲に悩んでため息をつく姿を見てしまう。その時から、濃いカルピスは、こっこにとって大人の味になる。家で祖母(いしだあゆみ)が入れてくれるカルピスを自分で何倍も濃くし、「うち、舌が肥えてしもてん」と大人ぶる。
こっこが本当に成長するのは、その後訪れる夏休みである。ある出来事に遭遇して心に痛みを抱えた彼女は、夏が終わった頃、濃いカルピスが与えてくれる幸せを、同級生に「分けよう」と考える共感力を身に着けている。自分で入れる濃いカルピスは、与えられる世界から、自ら築く世界への入り口なのである。