Birdsinc

平木収『写真のこころ 』(平凡社、2010年)

明け方の夢の中で平木さんと話をした。開放感のある食堂で、テーブルを囲みながら、「元気でやっているか?」という感じの、ごく他愛のない会話だった。
平木さんが亡くなられてもう10年以上になる。晩年はずいぶんお痩せになっていたが、夢の中ではふっくらとした体形だった。

しかし、なんで今頃こんな夢を?

思い当たったのは、最近始まったオンライン授業に私も戸惑っていたことだ。平木さんは授業や講義の名手だったから、拙い私を心配してくれたのかもしれない。
なにしろ彼の話は、博識のうえにユーモアがあって分かりやすく、関西弁の口調も優しかった。教室にはたびたび笑いの波が起きる。座学であれだけ人を惹きつけた人を、私は他に知らない。

ただ、逆に私は、生前の平木さんについて心配していたことがひつだけあった。それは彼の遅筆についてだ。

あれは2000年の秋だったと思う。知り合いの編集者から、写真について書ける人を紹介して欲しいと頼まれたことがあった。彼は本の出版を企画していたから、私はまだ単著のなかった平木さんを引き合わせることにした。あの講義が本になったら、どれだけ楽しいかと思ったからだ。その会合の夜は、銀座でワインを何本も開けて、平木さんはいつもより饒舌だった。
けれど、執筆は進まなかった。編集者と会うたび、「平木さんはどうしているのか?」と尋ねられたが、私は返事には困った。

執筆依頼から6年ほどして、久しぶりに平木さんと会う機会があった。そのとき、本の執筆について尋ねると、こう返事が返ってきた。

「本というのは歴史に残るんだからから、そうおいそれとは書けるものではないんだぞ」

確かにそうだとは思う。思うけれど…、と私はその先の言葉を飲んだ。残念なことに、この夜が、平木さんと言葉を交わした最後になってしまった。

遺稿集として、『写真のこころ』が出版されたのは亡くなった翌年だった。読んでみると、写真について考えるヒントがいっぱいある。例えば平木さんは、新しい画像学として「フィログラフィ””philo-graphy”」を提案されていた。
それは「あらゆる描き表されたものをグラフという概念で統括し、それを大切に想い愛でる気持ちをもつこと」についての思想と実践だという。

ただし、それが具体的にどのようなものかは例示されていない。そういうことを平木さんは、書こうと奮闘し、ついに書けなかったのかもしれない。ヒントともに大きな宿題も残してくれたのだと思う。